Smoky Bl@ck

マンション猫互助会主催 ~猫と暮らそう~

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■ どうにもならない記憶と忘却、あるいは偽善と贖罪

ちょう個人的にブルーなおはなし。

そのとき、私は3歳だった。
その体験によって受けた衝撃は、今でもうまく言い表すことができない。
そしてショックの大きさゆえか、その後二十数年間その出来事の重要な部分の記憶をなくしていた。

あれから三十年間(そしてきっとこれからもずっと)忘れない出来事と、二十数年封印され続けた記憶。



3歳だったとはっきり覚えているのは、すべてが終わったあと、「遅刻してすみません」と母が、ずっと泣き止まないままの私を連れて行ったのが、幼稚園の門に一番近い年少さんの教室だったから。

事の始まりはその前日。私は白い仔犬を拾って家に連れて帰った。
たぶん生後2ヶ月くらいだったと思う。ムクムクした真っ白の毛並みに、真っ黒の丸い瞳と鼻が可愛らしかった。
貧乏だとか借家だとか、そういった事情があったということが理解できたのは、それから十数年後のことになる。
両親は「飼えない」とは私に言わず、仔犬にミルクをやってくれたりした。このまま仔犬を家においてもらえると思い、その夜私は眠った。

ところが、翌朝起きてみると仔犬の姿は消えていた。
両親は「お母さん犬が迎えに来て、一緒に帰っていった。」と私に説明した。そして私はそのお話を信じるほどに幼い3歳だった。「おかあさんがおむかえにきたんじゃしかたないな。」と納得し、母に見送られ幼稚園へ向かって兄とともに家を出た。

家を出て少し歩くと、いつも「車が多くて危ないから、こっちのほうで遊んじゃダメ。」と言われている国道に突き当たる。

その国道でそれを見た。

車道に落ちているそれはなんだか美しかった。みずみずしいピンク色のものが赤い液体を弾いて朝日に光っている。
つやつやしてきれいだと思った、それが車のタイヤに踏み潰されたあの白い仔犬のおなかから溢れ出たものだと気が付くまでは。
白い毛皮はぺちゃんこに潰れて赤く染まっていた。
それが前の日元気にじゃれていた仔犬だと判って私はパニックに陥った。
「くるまにひかれてる」
「おかあさんいぬがいっしょだったんならくるまにひかれたりしない」
「うそつき」
「ぺちゃんこに」
「おかあさんいぬがきたんじゃなかった」
「おなかのなかみが」
「しんじゃった」
大声で泣き喚きながら家へ走って帰り、夜間こっそり仔犬を家から放した母を責めた。(父はすでに出勤していて家にはいなかった。)

そして、記憶はそこでいったん途切れる。そのあと冒頭に書いた幼稚園へ連れて行かれるまでの間のことはなぜか思い出さなかった。思い出せるのはいつも、無残な姿に変わり果てた仔犬を見て呆然自失となり、そのあとしばらくして泣きながら幼稚園へ行ったということだけで、この出来事は事あるごとに繰り返し私の中で再生されて辛い気持ちになり、あの仔犬を思って私はいつまでも泣いていた。



それから二十数年経ってから突然、いつもスキップされていた部分の記憶が甦る。

何気なく道を歩いていて、車に轢かれてしまった猫の屍を見たそのとき。
あの国道で死んだ白い仔犬のうえに屈みこむ母の背中が突然フラッシュバックした。

そうだった。思い出した。
錯乱して泣きじゃくる私を見た母は何が起きたのかを悟った。
そしてビニール袋とスコップを持ち出し、激しく車が行き交うあの国道で、仔犬の骸を黙々と拾い集めた。
それから家へ戻り、玄関先の小さな花壇に母が仔犬を埋葬する横に私は立ちすくんで、やはり泣きながらその様子をただ見ていたのだった。


仔犬の骸を母が埋葬した記憶が封じられていたのは、そうすることで、私の中の何かを保つためだったのだろう。
幼かった私は、突然の大きすぎたショックに対して、両親の小さな嘘と、たまたま重なってしまった不幸な事故を憎むしか術を知らなかった。
あの小さな嘘をついた両親へ、いつまでも僅かにわだかまりを感じていることに、仔犬を悼む気持を重ねていたのだと思う。

それに思い至ったとき、二十数年あの仔犬を思って泣いていた私は別の涙を流した。
こんどはあの日の母の気持を思い。



あの日の母と同じ年齢になった私は、今になってようやく思う。
母もあのとき、いかに辛かったことだろうか。
あのような不運な事故という結果を招いてしまったあとでは、ああする以外、他に何ができたというのか。


あの両親の小さな嘘の罪はどうすれば癒せるのだろう。


不幸な結果を前にして、せいいっぱいのことをしてくれたであろう母に対して、「あのときはありがとう」とまだ口に出して伝えられずにいるまま今に至ることも、私の中に新しい痛みを生み続ける。





こうしてあの出来事を語れるようになるまで三十年かかった。
そして三十年経った今でも、あの日の気持を思い出すと、少し冷静さを失ってしまう。

今回保護した仔猫たちを資材置場で見つけたとき、よちよち歩きを始めた仔猫が、現場に出入りする工事車両によって事故にあうのでは、と少し過剰にも思われるかもしれない危惧を強く感じ、恐れたことは前述の記憶によるところが大きい。
偽善以外の何者でもないといわれればそれまでだが、不運な事故の可能性を排除せずにはいられなかった。
それがあの仔犬と、3歳児に憎まれた両親に対する贖罪にはならないことは分かってはいるけれど。
  1. 2006/08/18(金) 23:52:53
  2. カテゴリ:【チラシの裏】
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